どのようなキーボードを理想とするかは人それぞれだ。1000人のユーザーがいれば1000通りの(とは言わないまでも、たぶん10通りぐらいは)理想がある。さまざまなユーザーの理想を集約したひとつの到達点が親指シフトであり、またひとつの到達点が Happy Hacking であろう。私はそのどちらでもなく、しかし明確なポリシーをもってカスタマイズを進めてきた。各論に入る前に、キーボードに対する私の立場を明らかにしておこう。
我が家では1987年から1998年まで Canon のワープロ(Canoword α250 と J20)を使っていた。 Canon のワープロはキーボード最下行の親指ゾーンが次のようになっている。
当時からタイプミスの多かった私は [バックスペース] を多用し、「ミスったら左手親指を動かす」という条件反射が確立してしまった。この条件反射を矯正することはもはや不可能だ(試してみたがダメだった)し、ミスタイプの多い私にとってきわめて合理的な配置でもあるので、パソコンでは [無変換] を [Backspace] に割り当てて使うことにした。これは今や私がキーボードを扱う上での必須要件である。
[Backspace] を親指で打つことには合理的な必然性がある。 Backspace は文字入力の最中にミスタイプ訂正のため頻繁に使われる機能だ。訂正後はただちに正しい文字を入力し直さねばならないから、親指を除く4本の指はホームポジションから動かすべきではない。できれば Backspace キーを離し終える前に次の文字キーを押し始め、ロールオーバーによって入力させたい。そのためには [Backspace] をホームポジションの4本指に担当させるわけにはいかず、必然的に親指の担当となる。これは言語や入力内容によらない普遍的な事実である。
「Backspace を親指に」と唱えているのは私だけではない。 Kinesis の Contoured Keyboard (→キー配置) や NMB の Erase-Eaze® なキーボード (→解説記事) も同じ発想で設計されている。また最近の電子辞書も多くはキーボードの手前側に [訳] キーと [戻る] キーが配置されている。この配置が合理的であることはちょっと考えれば誰でもわかることなのに、 101 キーボードの仕様を決めた IBM の設計陣はなぜそうしなかったのだろう。きっとミスタイプを絶対に犯さない熟達したタイピスト集団だったに違いない。
1台目のパソコンに付いてきたのは日本語109キーボード、2台目用に自分で選んだのは日本語106キーボードだったから、当然それを基準に最適化することになった。日本語 106/109 キーボードに合わせておけば、だいたいどこへ行っても(Windows 環境であれば)ソフトウェア的な細工だけで同じ操作性が実現できるし、特定のハードウェアにこだわらなくて済む。
あの有名な Happy Hacking Keyboard は「自分のキーボードを持ち歩く」というコンセプトだから、まったく逆の発想だ。
Kinesis の Contoured Keyboardなどは触ってみると確かにすばらしいが、指が慣れてしまうと普通のキーボードが使えなくなるそうな。
私はプロのプログラマではないし、文章書きを生業とするわけでもない。ごく中庸なユーザーである私が メール書き(≒和文入力)にも プログラミング(≒英文入力)にも シームレスに使えるよう、また学習コストや他機との互換性も勘案し、日本語はローマ字入力をベースとして工夫を盛り込んでいくことにした。
キーボードを語るサイトを見て回ると、おおむね2つの主張が渦巻いている。
どちらも自分の専門以外の使い方が見えていない。英語キーボードは親指の機動力が生かせないし、親指シフトは和文入力に特化しすぎている。それに、どちらも標準的な日本語キーボードを否定するところから始まっていて、(エミュレーションは可能だが)いまいちハードウェアの互換性に劣る。
標準的なフルキーボードを使う以上、 [Enter], 編集キー*, カーソルキー, テンキーなどはすべて右手側にあり、ホームポジションは左端に寄っている。この状況では マウスを左側に置いたほうがホームポジションから近いし、左手マウスによる選択操作と 右手側の機能キー群との連係プレーで GUI を効率よく扱える。このことに気づいて以来、私はすっかり左手マウス派になってしまった。よってキーボードも左手マウスを前提として最適化する。
以上の条件を満たした上で、他の人が私のマシンを使うことになっても大混乱に陥らないよう(可能な範囲で)配慮する。
蛇足のようでいて重要なこととして、私は昔から小指の爪を伸ばす習慣がある。いろいろと細かい作業ができて便利なのだが、キーボードが打ちにくい(特に [ Q ], [ Z ], [ P ], [ - ] などを打とうとするとリズムが乱れる)のが難点だ。しかしながら指先に直結したピンセット(?)の便利さはいかんとも捨てがたく、結果として なるべく小指の使用頻度を下げる方向で見直しを重ねていくことになった。